恋宿~イケメン支配人に恋して~
八木さんとふたり歩く廊下は、ひと気のない別館ということもありとても静かだ。
「理子ちゃん、昨日も今日も休憩時間あそこにいたんだね」
「なんとなく、外の空気吸いたくて。……あ、でも芦屋さんとは何もないんで。本当に」
「へ?うん?」
一応念押しをするものの、八木さんはきょとんとしながら意味がわからなそうに頷く。
「……でも、芦屋さんは本当になんでもするんですね。さっきも掃除する、って」
「うん。経営関係のことはもちろん、掃除に洗い物に買い出し……雑用だってなんでもするよ。普段の偉そうなあの顔からは到底想像つかないけど」
確かに……。
思い出せば、先程のほうきを持つ彼の姿は、冷たそうな顔と古いほうきがミスマッチだ。
「若くして支配人になって苦労してるのに、自分でなんでもして……私達従業員のこともよく気にかけてくれてるの」
「そうなんですか?」
「これもまた意外なんだけどね。従業員ひとりひとりの顔色も見て、具合が悪いとか元気がないとか、そういうのも気付いてくれる人なんだよ」
仲居だけで十数人、それに加えフロントや厨房、清掃……沢山の人がいるのに、その人ひとりひとりを気にかけている。
自分の旅館で働く人のことを気にかけるのは当然かもしれない。けど、簡単なことではないんだろうってことも分かる。
……意外、すぎる。そんなにも頑張る、彼のこと。
「やっぱり八木さん、芦屋さんのことよく見てるんですね」
「え?うん、私もおばさんたちもみんな千冬さんと付き合い長いからねぇ。だからこそ分かるけど、ひとりで頑張っちゃう人なんだよね」
「ひとり、で……」
“支配人だから”、だから頑張るのは当然かもしれない。
だけど、それでいいのかな。ひとりで頑張らせて、いいのかな。