恋宿~イケメン支配人に恋して~
「お前、どうかしたか?」
「なにがですか」
「目、赤くなってる。大丈夫か?」
それはおそらく、先ほどの涙のせい。確かに少し赤くなっていたものの、化粧でどうにかなると思っていたのにこんなにもあっさりとばれてしまった。
それを隠すように、視線は外したまま。
「……別に。少し眠いだけです」
「ふーん、ならいいけど」
きっと私の言い訳など信じていないのだろう。千冬さんは適当に頷くと、わしわしと私の頭を撫でた。
「ま、今日も一日頼むぞ」
そしてそう笑って手をひらひらと振ると、長い足で先に歩いて行った。
……だから、子供扱いはやめてってば。いちいち頭撫でられると、髪型だって崩れるんだから。
そう思いながら前を見れば、遠くなる大きな背中。
本当、よく見ている人。けど、元彼の夢を見て泣いていたなんて知られたくない。
……慎のこと、久しぶりに思い出した気がする。
あの日別れを告げてからは旅行に行こうという気持ちでいっぱいで、こっちに来てからは毎日バタバタとしていたし。
疲れてすぐ寝てすぐ起きる時間、を繰り返していたから他のことを考える余裕もなかった。
けど今になってこうして思い出すってことは、少しゆとりが出てきたということかな。……落ち着いたら、また思い出しちゃうんだろうか。
好きだったけど浮気されていたということに変わりはない。だから自分の中では、もう吹っ切れたつもりだったのに。全然、だった。
「……変、なの」
別れた直後より、時間が経ってからのほうがへこむなんて。じわり、じわりと、痛くなる。