恋宿~イケメン支配人に恋して~
「ん?」
その感覚に視線を向けると、そこには私の着物の裾を引っ張る5歳くらいの男の子がいた。
黒髪に短髪、小柄な体に貼られた絆創膏がいかにもわんぱくそうだ。
あれ、この子どこの子?
「い、いらっしゃいませ。どうしたのかな?なにかご用?」
精一杯の愛想笑いで視線を合わせるようにしゃがみ問うと、その子はじっと私を見る。
「ようなんてないよ。チョコでてがよごれちゃったから、ふいただけ」
「ふいた……ってまさか!」
しれっと大人びた口調で答える男の子に着物の裾を見ると、その子が掴んでいた部分には確かにしっかりと、チョコレートの汚れがついてしまっている。
「あ、ごめん。それきものだった?やすっぽくてきたないから、ぞうきんだとおもってふいちゃった」
「なっ……」
このクソガキ……!誰の着ているものが雑巾だって!?
子供相手とはいえさすがにイラッとし、つい怒りそうになる。けれどそんな私と男の子の間に割り込むように伸ばされた手は、そっと男の子の手をとった。
「いらっしゃいませ、小さなお客様。よろしかったらこちらをどうぞ」
そうにこりと笑って、その手の主である千冬さんはどこから取り出したのかウェットティッシュで男の子の手を拭いてあげる。
「ふーん、きがきくじゃん」
「ありがとうございます。雑巾で拭いてはお客様の手が余計に汚れてしまいますから」
さ、さすが支配人……子供に偉そうにされても笑顔で答えるなんて。ていうか、だから誰の着物が雑巾だって?
そんな千冬さんの対応に気をよくしたのか、手を綺麗に拭き終えた男の子はふふんと笑う。