恋宿~イケメン支配人に恋して~
「わっ、何するんですか」
「そのままじゃ風邪ひくだろ。せめて頭くらい拭いておけ」
そう言いながらヘアゴムとヘアピンを邪魔そうに取ると、まるで犬を拭くかのように髪をわしわしと拭く。
……せめてもうちょっと優しく拭けないんだろうか。
そう思いながらも、タオル越しのその大きな手の感触がなんだか少し恥ずかしい。
「……けど、お前のおかげだろうな」
「え?」
「あの子供、風呂場出て行く時泣きながら親に抱きついてたよ。さっきまであんなに生意気だったくせに」
出て行く大樹くんたちを見ていたのだろう、千冬さんは思い出しながら言うとふっと笑う。
「お前の言葉だからこそ、響くものがあったんだろうな」
私の言葉、だからこそ。
素直になれずに失くしてしまった私でも、あの子のためにはなれたんだろうか。
「……だったら、いいな」
そうだったら、嬉しいな。『自分にだけに出来ること』、それがほんの少し知ることができた気がする。
かぶせられたタオルからチラリと見上げれば、呆れたようにしながら、けれど微笑む彼の表情。
つい先程まで怒っていた人とは思えない優しい笑顔に、心がドキ、と小さく音をたてた。
その音の意味は、いつも怖い彼が珍しく微笑んだりするから少し意外だっただけ。
くれた言葉が嬉しいとか、手が温かくて安心するとか、そんな気がしたのはきっと気のせい。