恋宿~イケメン支配人に恋して~
大荷物を両手いっぱいに抱えて外へと出れば、つい先程まで夕暮れだった空はもう夜へと染まり出している。
たった数分でこんなにも空の色が変わるように、私の世界まで変わるなんて思わなかった。
彼氏の浮気現場に遭遇、なんて……こんな偶然いらないよ。
けど慎、浮気していたんだ。あんなに人がよさそうに見えるのに……あぁ、人がいいから押されたら断れないのか。
そういえば付き合い始めの頃も『相談にのるから』って職場の女の子とふたりでご飯に行っていて、喧嘩したことがあったっけ。
大喧嘩だったにも関わらず、あのときの私の怒りは無駄だったってわけだ。
……あの子も、可愛かったしな。
所詮、慎にとっても私は“通行人B”でしかなかった。その事実に、呆れた気持ちが大きすぎて涙一滴も出てこない。
何のために生きているかが余計に分からなくなってしまった。
代わりがいるのなら、いなくたっていいじゃん。会社にも、慎にも、私なんて必要ない。
「……消えたい」
いや、命を粗末にするのはダメだ。
一瞬よぎったよからぬ気持ちを自分自身ですぐ否定すると、歩くうちについた駅で、自宅へ帰るべく電車を待とうと荷物をベンチへおろす。
小さな駅にはまばらに行き交う人々。
買い物袋を持った主婦、仕事帰りのサラリーマン、スマートフォンを楽しげに操作する女子高生……みんな、何かを持って生きている。
私は持っていない、何かを。