恋宿~イケメン支配人に恋して~
おばさんたちは噂話が好きだな……。
いやらしいって……あの怖い顔に思い切り叱られて、なにがどうなったらそういう空気になるのかこちらが知りたい。
「……はぁ、」
ひとり廊下を歩きながら私が手に持つのは、財布などが入った小さなバッグと自販機で買ったコーヒーの缶。
それと日陰は少し冷えるからと、休憩室から持ってきた白いブランケット。
今日も裏口で休憩しようかな。天気もいいし。
ちら、と見た窓の外には今日も青空が見える。6月なのに、今年は雨が少ない気がする。
それにしても、八木さんは彼氏が他の女と噂されても気にせずいられるんだなぁ……。まぁ、内緒にしてるくらいだから顔に出さないだけかもしれないけど。
元々表情豊かではないから私も顔には出ないだろうけど、にこにこ笑うのは難しいと思う。さすが八木さん、よく出来た人だ。
「……あれ、」
やって来た別館の端にある裏口。そこには一人石段に座っている後ろ姿が見えた。
今日は紺色のスーツを着た、細い後ろ姿。それだけで、それが誰かなんてすぐ予想がつく。そう、千冬さんだ。
……さっきのような冷やかしのあとで、一緒にいるところを誰かに見られたりしたら、またなにを言われるか分からない。
だけど私は外の空気が吸いたいし……そうだ。休憩するだけ。私はただそれだけ。
自分を納得させ裏口から出ると、千冬さんから人ひとり分距離を置いて座った。けれど彼は気付く様子もなく、頬杖をついたまま座っている。
ん……?どうしたんだろ。
顔を覗き込めば、彼は目を閉じ「すー……」と小さな寝息をたてていた。