恋宿~イケメン支配人に恋して~
「謝るくらいなら、最初からするなって話だよなぁ」
「そうそう、気の迷いだろうがしたことに変わりは……って、えぇ!?」
至って普通に入ってきた言葉に自然と返してから、ふと気付くと隣ではつい先程まで眠っていた千冬さんがしっかりと目を開き私の携帯を見つめていた。
「な、なんで!?寝てたはずじゃ……」
「元々眠りが浅いから人の気配だけで起きるんだよ。あと携帯の音量デカすぎ。留守電の声丸聞こえだったぞ」
ということは……聞かれていた?
気まずさに携帯をバッグへとしまうと、千冬さんは「ふぁ」と小さなあくびをする。
「なにそれ、彼氏?」
「元、です。元」
「ふーん……会社にも男にも嫌気がさして一人で旅行、ってわけだ」
たった一言でそれらを察してしまうところがまた、鋭いというか目敏いというか……。
ふん、と顔を背けて手元の缶を開けた。彼はそれ以上自分から問いかけることはなく、黙って目の前の空を見る。
木には鳥がとまり、人の声も聞こえてこない。静かで穏やかな昼間。
彼の存在は、その自然とよく似ていてとても安心感がある。呼吸がしやすいと、思った。
そんな気持ちから、深く息を吸い発した声。
「……私、“通行人B”なんです」
「は?」
「小学生の時に文化祭の劇で、やった役」
突然なにを言い出したかと思うだろう。きょとんとする千冬さんの隣で、私は缶の中のコーヒーを一口飲む。