恋宿~イケメン支配人に恋して~
「台詞もなにもない、ただ歩いているだけの役。休んだところで誰でも代わりはいるし、寧ろその役自体いなくても支障のない役」
正義のヒーローでも、守られるヒロインでも、悪役でもない。名前のない、私。
「普段からいつもそういう立ち位置で、特別出来ることもなくて、どんなことでも私の代わりなんていくらでもいるんです。会社でも『代わりなんている』って言われて」
『あなたの代わりなんていくらでもいるんだから』
分かっていたこと。だからこそ、誠実になれなかった自分。
自分の働きひとつで、その言葉も変わったかもしれないのに。
「……それでも、彼にとっては『代わりのいない存在』になりたかった」
それは、慎にとっても同じ。
素直になれなかった自分。自分の言葉ひとつで、その心もかわったかもしれない。
「いつも可愛くない態度ばかりしてて、素直になんてなれなくて……その結果、家に行ったら彼氏がよその女と真っ最中だったっていう」
はは、と呆れた笑いをこぼした私に千冬さんは黙って話を聞く。
「でもそれを見ても私は怒ることも責めることも出来なくて、『可愛い子相手になら揺らいでも仕方ないな』って諦めて、逃げ出した」
戦うことも、向き合うこともせずに。あぁもうダメだ、おしまいだ、すぐ諦めて。
「私、そんな大層なことを望んでるつもりないんですけどね。……『代わりのない存在になる』って、難しい」
他のみんなは簡単になれるもの。だけど、私には難しいもの。
その気持ちがまた自分の心を引っ張って、足取りを重くさせる。言葉を、心を、縛り付ける。