恋宿~イケメン支配人に恋して~
「そんな小難しいことばかり考えてるお前には、この仕事は丁度いいだろ。あれこれ悩む暇もなくて、やれることをやるしかないからな」
「……まぁ、」
頬杖をついて言う彼にぎこちなく頷くと、その口元はふっと笑う。
「前にも言っただろ、それを望むことは贅沢でもなんでもないって。……それに、その気持ちは俺もわかるよ」
「分かる、?」
「あぁ。俺も似たようなものだったしな」
似たようなもの?それって……?
どういう意味かと首を傾げると、彼は凝った首を回しながら体を伸ばした。
「俺も、前に東京に住んでたんだよ」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。都内の大学に通って、そこから就職も向こうでした」
初めて聞く話に、少し驚いてしまう。ずっとこっちで生まれ育って、そのまま支配人という立場になったとばかり思っていたから。
「元は親の前の代からやってた旅館でさ、当然ひとりっ子で長男の俺が跡を継ぐって周りは思ってたわけだけど」
「まぁ、普通はそう思いますよね」
「けど俺はそれがいやだったんだよな。敷かれたレールを歩くのが嫌で、『跡なんて継ぐか』って家を出たんだよ。旅館自体も、あんまり好きじゃなかったし」
過去を振り返るような眼差しで空を仰ぐと、小さな風に彼の黒い髪はふわ、と揺れた。