リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【後編】
「クレーマー、ですか」
「ん。ああ言えばこう言うじゃないが、とにかく弁が立つらしい」
「部長や牧野さんですら手を焼くほどなんですね」
「らしいぞ。笹原さんと牧野でお手上げなんてヤツ、俺にもどうにもならん気がするだがな」

難儀そうな話だと言うように息を吐き出した君島は、そこまで言うと自分の席に着き、手にしていた新聞を広げて読み始めた。
そんな君島を肩越しに見やりながら、なるほどねえと明子は小さな頷きを繰り返した。
君島が会社に顔を出した理由を聞いて、明子は牧野が抱えている問題の本当の大きさを理解した。


(そんな大変なことになっていたのね、昨日は)
(で、戻るなり、会議室に引っ張られて)
(止めに病院ではアレかあ)
(なんだかなあ)
(ホントに、一度、お払いでもしたほうがいいんしゃないんですか、牧野さん?)
(それにしても、部長や牧野さんでも手に余るクレーマーって……)


とんでもない人が出てきたもんだわねと、顔を顰めた明子は、ふと、島野の言葉を思い出し、クスクスと小さな笑いをもらす。

「なに、笑ってんだ?」

耳ざとく明子の笑いを聞き取った君島は、明子の背に向かいそう問いかけた。
振り返った明子は、いや、なんでもないですと言いながら、頭に浮かんだそれを君島に語った。

「前に、島野さんが」
「ん?」
「吉田係長のことを、最強クレーマーって言っていたなあって。そんなことを思い出してしまいまして」
「ん」
「クレーマー対決させたら、どっちが強いかなあって」

そんなことを考えてたら、愉快に気分になってしまいまして、笑ってました。
てへへと、まるで悪戯を見つけられた子どもみたいに笑う明子に、君島は虚を突かれた表情で数回大きな瞬きを繰り返し、すぐにその表情を崩して笑った。

「なんだ。今日も、絶好調じゃないか」

お前。
そんなことを言いながら楽しげに笑う君島に、明子はなにが絶好調なんだろうと眉をキュッと中央に寄せて首をかしげる。
だが、明子がその疑問を口にする前に、半ば呆れているような小林の声が部屋に響いた。
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