涙がこぼれる季節(とき)【完】
しかし、そんな心配をよそに、


「うちのお母さんのマドレーヌ、すっごく美味しいんだよ」


結衣は明るく言い、無視し続ける吉崎の頬に両手を添えて、


「――修ちゃん、てば」


自分の方へ向かせた。


結衣の手の感触と、至近距離にある無垢な瞳とに、吉崎は一瞬にして上気した。


「マドレーヌ、キライ?」


そして、私のことも嫌いなの――?


行間ににじみ出る、圧力。


「いや、好きです」


そう言わざるを得ない。


「そう? じゃあ、私が食べさせてあげるね――ハイ」


口元に差し出されたマドレーヌを、


「あ、いや、自分で食べるから――」


慌てて奪い取り、食いつく吉崎。


「あ~、なんだよ。俺にくれるんじゃなかったのかよ。楽しみにしてたのに~」


茶化しつつも、丸く収まったことに――結衣の涙を見ずに済んだことに、悠斗は安堵しているように見えた。

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