Pastel Lover
◇ ◇ ◇
遠くで、蝉の鳴く声がする。
「_________くん。桐山くん!」
俺は、目の前に立て掛けられていた自分の絵をぼんやりと見つめていた。耳元で大きな声で名前を呼ばれて、はっとする。止まっていた手に握られた筆を、思わず落としそうになった。
声のした右耳の方を見て、心臓は跳ねた。
「...すずもり、先輩」
「大丈夫?ぼーっとしてたけど。暑さでやられて熱中症にでもなったのかと思ったよ。でも平気そうだね」
「あ...すみません」
「もうみんな帰っちゃったよ。わたしたちも帰ろう。ほら、早く準備してー!」
言われてから周囲を見回せば、俺と鈴森先輩以外、誰もこの部室にはいない。ふたりきりになるのは初めてなんかじゃないのに、毎度ドキドキしてしまう。
悟られないように、筆を洗い、帰る支度を済ます。
「...あつ...」
額から垂れてきた汗を拭って、柄にもなく独り言を呟いてしまう。
今は、夏休み。
暑さがピークに達した日が続く、今日この頃。
「準備できたー?帰ろう!」
「はい」
季節は変わっていくのに、俺と鈴森先輩の関係は、全くと言っていいほど、何も変わってはいなかった。