君が為
「平気です……ぁの…ありがとう、ございました」
まともに目を合わせることは出来なかった。
だけど、なんとかその言葉を口にする。
「……ああ」
藤堂さんの表情が緩む。
そうか、と頷くと私を固く抱きしめていた腕を解いた。
「藤堂さん……今の私にはもう、家族も、帰るべき家も……何もありません」
そこで私は口を閉じた。
未来から来たと言うことは言わない方がいい。
言ったところで、『はい、そうなんですか』なんて信じてくれる訳が無い。
それに言ってしまえば、これから訪れる未来が、全て壊れてしまうだろう。
自分の浅はかな言動で、誰かの存在を消してしまうぐらいなら、一層の事、真実は自分の胸だけに秘めていよう。
でも、私には……この人たちを見殺しに出来るのだろうか。
これから訪れる彼らの困難を黙って静観することが出来るのだろうか。
わからない。
「……っ」
言い籠もった私の頬に、藤堂さんの手が伸びた。
優しく包まれる。
「無理に言う必要はない。……俺も、局長たちも、お前を悪いようにはしないさ」
なんて、優しい言葉だろうか。
どうして、そんな優しい言葉を藤堂さんは私にかけられるのだろうか。
眼の奥が熱くなった。
涙がこぼれそうになるのを、必死に堪える。
「私を、雇ってくれませんか……」
「ーーー‼︎」
藤堂さんは、今日一番の驚き顔を浮かべる。
何処かで、犬の遠吠えが聞こえた。