『好き』と鳴くから首輪をちょうだい
「怒らせちゃった」

「クロはいつも怒ってるから、問題ない」


眞人さんはどうも本当に、私と梅之介の会話が面白くてならないらしい。
目じりに滲んだ涙を拭って、「これから楽しくなりそうだ」と言った。


「じゃあ、せっかくなんで乾杯でもするか」


眞人さんが立ち上がって厨房の方へ行く。と、くるりと振り返った彼が私に訊いた。


「あ、と。明日仕事? だったらあんまり飲めないよな」

「いえ、お休みです。眞人さんは?」


彼が、にっと口角を持ち上げる。


「定休日」


言うなり消えた彼は、ジョッキを持って現れた。
もしかして、お酒好き?

私にひとつくれてから、彼のものとカチンとぶつけた。
少し飲んで、ふい、と息をついてから訊く。


「あの、でも、いいんですか? 私なんかを急に」

「いいよ、全然。クロも、そんな感じだったんだ」

「梅之介も?」

「うん。もう、一年くらい前になるかな。あいつの場合は、ランチタイムが終わる寸前にふらっとやって来てメシ食ってたんだけど」


昼の閉店時間を過ぎてもまだ居続ける梅之介を訝しく思っていると、梅之介は不意に『ここでしばらく働かせてくれないか』と言ったのだそうだ。


「これはあとから聞いたんだけど、事情があって家には帰れなくてね、あいつ。着の身着のままで出て来てたもんだから、財布の中に入ってる数万円の金しか持ってなかった。だから、住み込みで頼むって俺に言ってきたんだけど」


厨房の隅でもいいから寝泊まりさせてくれと頼みこむ梅之介に、眞人さんは、『急にそんな事を言われても困る』と言った。


「まずは事情を説明してくれって言うんだけど、あいつは妙に頑固でさ。なかなか口を割らないのな。ただもう、真面目に働くから住み込みで置いてくれの一点張り」


その時のことを思いだしたのか、眞人さんがクスリと笑った。


「で、俺もだんだん腹が立ってきて、『捨て犬じゃねえんだから、そんな簡単に家の中に入れらねえだろうが』って言ったんだ。そしたらあいつ、『捨て犬だと思って拾ってよ』だなんてしゃあしゃあと言ってな」

「ほ、ほほう」


なんか面白い。身を乗り出して聴いた。


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