心の裏側と素肌の境界線を越える為に
「上がっていく?」

片桐はいつもそう言うが、俺は家の中には入らなかった。

入りたくないことはない。

だけど、まだ正式に付き合っていない俺が、簡単に中に入るのは、駄目だと思っていた。

2人の手順は、おかしいかもしれないけど、

俺はきちんとしたかったのだ。

彼女に見送られながら、自転車に飛び乗る。


帰りは勿論、国道沿いを走るのだが、

あの女の店の前を通っても、振り向くことはなかった。


今、思えば…何だったのだろうか。

無理して合わせていた日々を、懐かしむことも悔やみこともなくなった。


ただ…悲しみを知り、傷を負ったから、

俺は片桐に出会えたと…今は、そう思えるようになった。


ジョリーを口ずさみながら、俺は自転車のスピードを上げた。
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