婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
「悪かったな、絵梨。急に沖縄キャンセルになって」

電話の相手は葛城本命の彼女、絵梨のようだ。

「ね、行きたかったよ、西表島。父の仕事の都合だから仕方ないけどさ。お陰様で今日はなんとか、無事終わったよ」

まさかの西表島かい。

思わず心の中で突っ込む。

しかし、注目すべき点はそこじゃない。西表島をキャンセルしたその理由だ。

恐らく、この軽井沢行きが急遽決定して、長男匠は事前に決まっていた旅行をキャンセルせざる得なかったのだろう。

恋人には「父の仕事の都合で」なぁんて最もらしい言い訳をつけて。

「月が…月が綺麗だな、東京は見えてる?」

葛城がフト満月を見上げる。

「うん、一緒に見たかったね、会いたいよ、絵梨に」

わが耳を疑った。

あの、超合理的、超現実主義の男がこんな甘い言葉を囁くとは。

満月は人の心を狂わす、っていうけど、本当なのかもしれない。

私が此処にいて話を立ち聞きしていることがバレたら、この闇に乗じて消されるかも。

「うん、帰ったら電話する」

明日帰るのに、待ちきれないほどあの人が恋しいのだろうか。

「愛してるよ、絵梨」

月明かりに照らされた、葛城の横顔を見ていると苦しいほど切ない気持になった。

私を大事にしようとしてくれているのは、よくわかる。

だけど、気持ちはあの人の物なんだ。

「誰と結婚したって変わらない」初めて合った時に葛城は言っていた。

しかしあれは、どうせ、愛する人と結婚できないなら誰と結婚したって変わらない、今思えばそういう意味だったのかもしれない。

「じゃあ、また」と言って葛城が電話を終わらせる。

気付かれないよう、私は慌ててその場を立ち去った。
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