婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
一足先に屋敷に戻ると轟さんが出迎えてくれた。

「匠さんはいらっしゃいましたか?」

「暗くて、見つかりませんでした」笑顔で言ったつもりだけど、私は上手く笑えていただろうか。

「なんだか顔色が優れないようですが」

轟さんは心配そうな眼差しを向ける。

少し、肌寒かったので、と言って私は誤魔化す。

後を追うようにして、玄関の扉が開き葛城が姿を現した。

「あら、匠さん、どこに行ってたの?」

私は少し拗ねたような口調で尋ねる。

「ああ、悪かったね」

葛城はいつもの他所行きの笑みを浮かべた。

「お義母さまがお待ちかねよ。匠さんのピアノの演奏を聞きたいって。私も聞いてみたいな」

私は無邪気で可愛らしい婚約者を装う。腕をするりと組んでリビングまで葛城を連れて行く。

葛城は何事もなかったかのようにいつも通り澄ました顔だ。

なんだか狐につままれた気分だ。


二人で揃ってリビングへ戻る。

「あらぁ!遥さん、匠を連れて来てくれたのねぇ」

葛城母はアルコールですっかりご機嫌だ。。

「久しぶりに母さんとお前の演奏が聴きたいと話していたところだったんだよ」

葛城父が言う。

「ピアノなんて暫く触っていないから弾けるかな。遥は…」

「私も匠さんの演奏が是非!聴いてみたいわ!」

葛城が私に振ってきそうになるので、全てを言いきる前に振り返す。

「可愛い婚約者も言ってる事だ。一曲頼むよ」

「解りました」

葛城は肩を竦めて言う。やはり父の言う事は絶対のようだ。
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