婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
葛城が最後の音を奏で演奏が終ると、リビングがシンと静まり返る。

一息置くと、その場にいた皆は一斉に拍手を送った。

「素晴らしい演奏だった」お爺ちゃんも感動しているようだ。

「一章しか弾けないんです。二章、三章になってしまうとプロの域なので」葛城は謙遜して肩を竦める。

「いやいや、見事なものでした!」音楽に疎いパパもすっかり聞き入っていたようだ。

「なあ、遥!」パパが此方に振り向くと、驚いた顔をする。

気がつくと目から涙が零れていた。

「感動してしまって」私は慌てて涙を拭う。

葛城夫妻はその言葉を疑うことなく受け入れてくれたようで、微笑ましそうに私を見つめている。

やっぱり私は、ずるい人間だ。

自分の事を棚に上げて、葛城が絵梨を想う気持ちに嫉妬している。

柔らかな月光に、私の醜い一面をも照らし出されたような気がした。


「匠、遥さんが貴方の演奏を気に入ってくれていたようよ」葛城母が言う。

「じゃあ、遥にもう一曲捧げるよ」葛城が私に向かってバチリとウィンクする。

軽快で明るいテンポの曲を奏で始めた。

ショパンの子犬のワルツ…

相変わらず私を馬鹿にしているようだ。不覚にもときめいてしまったことが悔やまれる。
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