婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
「あ、あの!」建物から外に出たデッキのところで私は声を掛ける。

「う、腕、痛いです」

「あ、ごめん」中谷先輩は慌てて腕を手から離した。

「どうしたんですか?急に。中谷先輩らしくないです」私は眉を顰める。

「最初は葛城をからかってやろうと思ったんだ。いつも澄かしてるからちょっと困らせてやろうって」

中谷先輩も、爽やかそうに見えてなかなか邪悪だ。

「だけど、聞いてるうちに頭に来て」ごめん、と呟くと中谷先輩はバツが悪そうに目を逸らした。

「学校では遥ちゃんの事を婚約者だなんて偉そうなことを言ってたくせに、彼女の前じゃ隠すなんてセコイだろ」

「確かに…セコイですよね。本ッとセコ過ぎです」

私は可笑しくて笑ったはずなのに、何故か目からは涙が溢れた。

どうして私は泣いてるんだろう…。理由は解らないのに涙が止まらなかった。

中谷先輩は親指でそっと涙をぬぐってくれる。

「遥ちゃん、大学4年間を俺にちょうだい」

「そ、そんな、私の事情に中谷先輩を巻きこむ訳には…」

中谷先輩は私を抱きしめて、言葉を遮る。

こ、こんな事ってあるのだろうか。

驚き過ぎて涙は引っ込んだ。

「直ぐに返事はくれなくていいから、ちゃんと考えて」

中谷先輩のシャツからは清潔な柔軟剤の香りがする。

広い胸のなかで私はこっくりと小さく頷いた。
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