婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
「遥ちゃん」中谷先輩は何も言わない私に痺れをきらしたように腕を掴む。

「…個人情報なのでお答えできません…」

「クレジットカードの申し込み審査お断り対応みたいな回答だな」

ちょっとニッチな例えなので解りづらい。この際ここは流しておこう。

「何か…力になれないかな?」

無理だ。学生なんかにサンオクエンなんて大金をどうすることも出来ない。

大人だってごく一部の限られた人にしかどうすることも出来ないのだから。

私は無言で首を横に振る。

「葛城と結婚するのは、その借金のため?」中谷先輩は遠慮がちに尋ねる。

聡い中谷先輩のことだ。私とオーナーの他愛のないやり取りから大体の事情を察してしまったのだろう。

もう、何も答えることが出来なかった。

サンオクエンの借金がなかったら…なかったら私は素直に中谷先輩の手を取ることが出来たのだろうか。

葛城とは関わることなく、自分が駄目なヤツだって、ここまで自己嫌悪に陥ることもなかったかもしれない。

真剣に私を見つめる中谷先輩の輪郭が涙でぼやける。

何も答えることが出来ず、涙がポタポタ地面に落ちる。

中谷先輩は屈みこむと、そっと私にキスをした。本当に一瞬触れるだけのようなキス。

私は驚いて身体を強張らせる。

中谷先輩はそっと身体を起こすと、唇についた涙をペロリと舐めた。

「しょっぱいな」

「ご、ごめんなさい」私は慌てて涙を手の甲で拭う。

鼻を怪我しているのをうっかり忘れ、強くこすり過ぎて「イタッ!」と間抜けな声を上げる。

その様子を見て可笑しそうにクスクス笑った。

「あ…あの」突然の出来事に混乱して真っ赤になりながらオタオタする。

「そんな動揺されると、こっちまで恥ずかしくなるな」

中谷先輩は照れて視線を逸らした。

夜の闇に隠れて、良く解らないけどお互いの顔は真っ赤になっていることだろう。
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