婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
匠さんと甘々のひと時を過ごしたのも束の間、本日より花嫁修業が始まる。

葛城家本宅の客室を一室だけレッスン室として設えてもらった。

社長が使うような広々とした木製のデスクに背もたれと肘掛のついたフカフカのチェアーが置かれている。

そこで私は家庭教師とマンツーマンの授業を受けるのだ。


初めてのレッスンは最大の課題でもある英会話だ。

事前に講師はジェニファー先生という名前だと聞いていたので金髪碧眼のギャルかと思いきや、部屋に入ってきたのは黒髪黒目の小柄な女性だった。

歳の頃は30代前後だろうか。キッチリ着こなした紺色のスーツが更に落ち着いた印象を与える。

後ろにキッチリ纏められた髪は一糸の乱れもない。

化粧っ気が殆どない割りになかなか整った顔立ちをしているが、縁なし眼鏡の向こうに見える切れ長の瞳は厳格さを醸し出していた。

「…なにか?」

不躾にジロジロ身過ぎてしまったのかジェニファーは怪訝な視線を私に向ける。

…よかった。どうやら日本人らしい。

「あのー…ジェニファー…さんは日本の方ですか?」

「東京の台東区出身です」

思いっきり日本人じゃん。しかも江戸っ子かよ。

まさかの回答に心の中で突っ込んだ。

「あ、あの…ジェニファーさんって本名ですか」私は遠慮がちに尋ねる。

「ジェニファーは愛称です。本名は小山内(おさない)順子と申します。遥さんも「さん」は付けずにジェニファー、とフランクに呼んでください」

そう言うジェニファーはニコリともせずフランク度0(ゼロ)である。

左腕にはめた腕度時計にジェニファーはチラリと視線を落とす。

「では時間ですのでレッスンを始めます。 Get ready?」

眼鏡をキラリと光らせ、機械的に授業を開始した。
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