婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
言うまでもなく台東区出身のジェニファーのレッスンは厳しかった。

間違った回答をすると「That's wrong!」と言って射るような鋭い視線を向けてくる。

緊迫感で息がつまりそうな2時間の授業が終わる頃には、私はグッタリしていた。

ジェニファーは次のレッスンまでに課題を山ほどだして颯爽と帰って行った。


昼食を取り、一休みすると午後のレッスンが始まる。

次は日舞のお稽古だ。メイドさんに手伝って貰いながら何とか浴衣に着替えると和室へ向かう。

襖を勢い良く開けると既に和服を着た小柄な婆さんが座布団の上に正座していた。

「貴方が遥さん?」婆さんはピンと背筋が伸びていて眼光が鋭い。

ジェニファーとはまた違った厳格さが漂っている。

「はい!小森遥です。えーと、先生ですか?」

「先生じゃない!師範と呼びな!」

婆さん…いや、師範に一括されて私はビクリと身体を硬直させる。

「そこにお座り」師範は正面の座布団をビシっと扇子で指す。

「は、はい、失礼します」私はおずおずと言われた通り、向かいに座った。

「改めて、藤島流師範の桐生たま子と申します。苗字だと堅っくるしいからね。たま子師範と呼んでちょうだい」

「宜しくお願い致します。たま子師範」

私は三つ指をつきギクシャクと頭を下げる。

「今日は最初だから。基本の所作からやろうかね」

ほい、と言ってたま子師範は扇子を私に差し出す。

「コレは遥さんのだよ。次のレッスンから持っておいで」私はそっと開いてみる。

桜色の扇子に金地の控えめな模様が入っている。

「とっても綺麗な柄ですね」

私が思わず頬を緩めるとたま子師範も目元を微かに綻ばせる。

「貴方の扱い方次第ではもっと美しくみえますよ。精進してくださいね、若奥さん」

「は、はい!ありがとうございます!」
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