婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
2人で離れまでの坂道を下っていく。

「じゃあ、用意してくるからちょっと待っててね!」

玄関先に匠さんを待たせて私は慌てて下着やら化粧品やらを準備する。

大量の荷物を抱えて戻ってきた私を見て、匠さんは呆れ顔だ。

「それ、全部持ってくの?」

旅行にでも行くみたいだ、と言いつつもスマートに荷物を持ってくれた。

匠さんの後に続き、本邸へと入って行く。

玄関を開けると、広々とした家の中は真っ暗でシンと静まり返っていた。なんだか空気もひんやりしている。

「あれ?轟さんは?」

「もう夜中の12時だぞ?とっくに帰ってる」

轟さんは同じ敷地内にある私とは別棟の離れに家族と住んでいる。既にそちらへお戻りになったようだ。

「燁子さんは?」

「友だちとハワイに旅行だって」

匠さんは肩を竦めた。

葛城夫妻はここのところブラジルで合弁会社を立ち上げるとかで長期不在にしている。

相変わらずハイソサイエティーなご家庭だ。

「こんな大きなお屋敷に匠さん1人だと寂しくない?」

「…心配しているのはそっちか」

匠さんはふっと鼻で笑った。

「でも今日は私が泊まりに来たから寂しくないでしょ」

「そうだね、幽霊が出ても強盗に入られても遥がいてくれたら心強い」

「でしょー」

私は得意気に満面の笑みを浮かべる。

「お風呂はこっちだよ」

リビングを通り越して一階の長い廊下を歩いて行く。

「結構遠いのね。毎日だと大変じゃない?」

「大丈夫だよ。いつもは部屋のお風呂を使っているから」

「ああ…なるほど」

それぞれの部屋にお風呂がついているって事か…。

匠さんは時折ナチュラルに普通の人の感覚とズレた発言をするが、最近ではいちいち突っ込むのが億劫になってきた。

匠さんは突き当たりの右側にあるドアを開けた。

「ここがバスルームだよ」

中に入ると、辺りをキョロキョロ見渡した。
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