婚約者は突然に~政略結婚までにしたい5つのこと~
「さっきは、その、ごめん。まさか、後ろにいるとは思わなくて」葛城は珍しく歯切れが悪そうに言う。

「いいですよ、本当の事ですから」面と向かって私に言えないってことは、とどのつまり本音ってことだ。

「なんだよーいじけるなって。夏休みどこか行きたいとこがあったら連れてってあげるからさ。機嫌直せよ」葛城はいつものように、ニッコリと他所行きの笑みを浮かべる。

だけど、私はどこかに連れてってほしいわけじゃない。

「特に、今のところ行きたい所もありません」

「ハワイ?バリ島?ヨーロッパもいいねぇ」葛城は相変わらず私の話を聞かずに強引に話を進めようとする。

「あの!」私は声を張って葛城の話を制する。

「どこへ連れてってもらっても、さっき聞いた事は無かった事にはならないんで」

「なんだよーやっぱり怒ってるじゃん」葛城は肩を竦める。いつもの我がままをいなすような軽薄な態度に余計苛立ちを覚える。

「怒っていません。葛城さんはワザと言って聞かせようとしたんじゃない事くらい私も解ってます。ただあの場に居合わせてしまった。事故みたいなもんです」

「じゃあ、なんで怒ってるの?」

「傷ついてるんです。解りませんか?」私の台詞に葛城はハッとしたように目を見開く。

「私と貴方は育ってきた環境もちがうし、経験してきたことも違います。だから葛城さんにとって私は退屈な人間だと思われるのは仕方がない事だと思います」

「…退屈っていうのは、そう言う意味じゃないんだけどね」葛城は困ったように苦笑いを浮かべる。

「きっと何年かすれば、今日あったことも笑い話になるでしょう。だから今はそっとしておいてください」

私の頑なな態度に葛城は呆れたように肩を竦めた。

だからガキってい言われるんだよ、っていう心の声が聞こえてくるようだ。

「じゃ、また学校で」

私はスッと目を細めて葛城のお得意の台詞を言うと店の中へ入って行った。
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