強引男子にご用心!

「ちょ……っ」

「眼鏡されてると、キスしにくいんだよな」

「今はしないじゃないですか!」

「ん? 今して欲しいわけ?」

「そういった意味じゃない!」

「ちょっと、人前で堂々といちゃつかないでくれる?」

それはそれは冷たい声が降ってきて、二人で氷の視線の水瀬を見た。


いちゃついた記憶はございませんが。


「女医さん目が座ってる」

「女医って名前じゃないです。私には水瀬はるかと言う、ちゃあんとした名前がございます」

「水瀬。そんなに怒らないで……」

「私はね。女医さんだとか、医師だとか、そういう風に言われるのは仕事中だけで十分なの!」


あ。これは……。


「水瀬、酔った?」

「酔ってないわよ。だいたいね~。ワザワザ医務室に来て手ぇ握られたり、脚さわられるために医師資格とったわけじゃありませんから。女性だからってふざけるんじゃないわよ」

磯村さんが、ちらりと私を見てくる。

「なぁ。俺、今度はこの人のトラウマに踏み込んだか?」

「磯村さん得意ですよね」

「……怒り方が華にそっくりなのな?」

「そりゃ、付き合い長いですから」

「ああ、なるほど」

「普段の水瀬なら、言わないんですけれどね……」

でも、この地底の底から呪詛をかけている様な冷たくて低い声は、水瀬の怒りがMAXな証拠でもある。


「どこの誰なのか伺っても?」

水瀬の座るソファーの肘掛けに腰をかけ、葛西さんが優しい声音で首を傾げるのが見えた。

「バカじゃないの」

一言で終わらせて、水瀬は葛西さんを睨み付け、葛西さんは眼鏡を指先で持ち上げる。

「明確なセクシャルハラスメントでしょうに。どうして顧問に相談しませんか」

「守秘義務が一応ありますからね。そんな困ったちゃんでも私の患者さんですし。単なる愚痴よ。聞き流して」

「お困りなのでは?」

「私は会社以外で医者じゃなくて、個人だって言いたいだけ。だいたい最近の男は変なアダルト見すぎなのよ」

「変なアダルト……」

「そうよ。医者にお医者様ごっこを持ちかける馬鹿は普通いないわよ」

「僕は見たことありませんね」

「社長の坊っちゃんは選り取りみどりだものね」

「僕も坊っちゃんと呼ばれるのは好みません。父は父で、僕は僕です」

「そうね。悪かったわ。訂正する。前にも聞いたけれど、それならどうしてこの会社に就職したの」

「他社に就職したらしたで、父は黙ってませんから」

「大変ね。色眼鏡で見られるのは」

そんなやり取りを眺めながら、磯村さんと山本さんがコソコソ話をしている。


「どうしたんです?」

「ん? ああ、まぁ見てろよ」

見てろって、この二人?
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