強引男子にご用心!

「そうですね。普通、社会人の噂なんてたかが知れているんですけれど、葛西さんは秘書課の方ですし、知名度が高いから……」

「葛西さんはお婿さん候補ナンバーワンだしね」

お茶を出してくれた水瀬に頭を下げ、それから小さく息を吐く。

「勝手に婿に選ばれても困りますが」

「困ろうが困るまいが、噂は憶測でしょう。気にすることはないわよ」

ヒラヒラと手を振り、水瀬はお茶を飲む。

「社内誌では、ナンバーワンが葛西さん。次に営業二課の主任で、次に経理の土居さんだったかしら」


先々月は、私も手伝ったのでよく覚えている。

今月は確か、部長クラスの誰かの対談だったはず。


「磯村はいないのですね」

「ああ、磯村さんは派手にやってたから。女性の影がちらつく人は、婿候補にはなりにくいですって」

「あれでも、案外一途ですよ?」


二人の視線が痛いし。


「…………」

そうね。
たぶん、磯村さんは一途だと思う。

出会いや経緯はともかく、あれやこれやを考えるとそうなんだろうな。

つきあうようになってから、喫煙室ではサボっているみたいだけど、連れ込む事は無くなって……いるんだろう。

どちらかと言うと、最近は磯村さんの彼女扱いが私も増えてきているし。


「立ち直ってくれて何よりです」

ポツリと聞こえない様に呟いただろう、葛西さんの声はよく通る。

よく通るのに気づいていないけれど、私たちの視線には気づいた葛西さんの視線が、居心地悪そうにそっと天井を向いた。

「僕らは32ですからね。それなりに色々ある……」

「まぁ……」


そう、でしょうね。

そうだと思う。

あれだけ華々しい浮き名が公然と噂になるわけだし、私は2度もそんな場面に出くわしているわけだし。


色々な事があるんだろう。

あるんだろうけれど……


“立ち直った”と、言われるくらいの事が、磯村さんにはあったわけだ。


そうね。
そうだよね。

私だって29年生きてきて、全く何もなかった訳じゃない。

物心ついたら潔癖症になってたし、小学の時にはそれでイタズラされることが日常茶飯時。

中学では、その性質がかなり手の込んだものになったけれど、高校にもなれば少し落ち着いていた。

そこで恋をして、破局して、一人で生きる為にはどうするかを模索し始めた。

模索して、計画して、貯金や貯蓄や保険や、色々と検討して。


人と関わりを持たないようにしていた私ですらそうだったんだもの。

磯村さんだって、それはそれはたくさん色々あったことだろう。


色々……
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