強引男子にご用心!

慣れてきたから平気になっているか、と言われれば……
それはまた別の話だけれど。

実は心臓はバクバクする時はするし、内心は慌てふためく。

だけど、特に会社にいる間は表情に出ないようにするのが慣れた。

だって、

「最近、総務部の皆にからかわれる」

「はぁ?」

「磯村さんとの事をからかわれるから、だから、会社では普通でいれるようになりました」

会社では、お局様イメージでいないと。

磯村さんは少し考えるような顔をして、それから眉間にシワを寄せた。

「面白くねぇな」

「面白がられても困りますから」

よし。
整理整頓はこれくらいにしておこう。

「出ますよ。ゴーグル返して下さい」

「はいはい」

ゴーグルを受け取って、磯村さんと一緒に資料保管室を出る。

やっぱり資料保管室はホコリが凄い。

あーもー、会社にシャワー室でもあればいいのに。

着替えたいし、洗いたい。

手袋とマスクと三角巾をゴミ箱に捨てて、それから眼鏡をかけた。

「あんまり意味ねぇんじゃねえ?」

「何がですか」

「伊達眼鏡」

「意味はあります。初対面の人に馴れ馴れしくされませんもの」

「ああ。なるほどなぁ」

そう言いながら、磯村さんは何か差し出してきた。

「…………何」

「どうせお前の方が早く帰るだろ」

帰るだろうけれどコレは何。

どこかで見たことがある鍵。

私と似たような、マンションの部屋の鍵。


……これを?


「慣れてきたし?」

小首を傾げながら、とっても胡散臭げな爽やかな笑顔だけどね?

い、意味が解らないから!

慣れてきたら、鍵渡されるの?

そ、そういうもの?
そうなの?

「安心しろ。まだスペアキーまで作ってねえし」

「あの。その発言のどこを安心要素にしろと?」

「明日休みだし、俺も予定ではそんなに遅くならねぇから。うちにいろ」

「……ご飯、作れと?」

「外で食ってもいいが……金曜はどこも混むしな。予約してもいいが」

「あ。いい。何か作る。出掛けるのは疲れるし」

鍵を受け取ってポケットにしまうと、磯村さんが小さく笑った。

「無理しなくていいぞ? お前だって疲れんだろうし」

「それなら余計に出掛けるのはパスしましょう。この時期に30分歩くのとか風邪菌たくさんでしょ」

「まぁ、そうかもな」

言いながら歩き始めると、磯村さんもゆっくり歩き出す。


「ところで華子」

「はい?」

振り返ると磯村さんは立ち止まり、考え込むように腕を組んでいる。


じっと見つめられても、困るけど。


「ん……まぁ。後でいいか」

「何よ?」

「いや。いい」

「そう?」

「ああ。後でな。ちゃんと飯食えよ」

そう言いながら磯村さんに追い抜かされるから、背中を見送った。

変な磯村さん。
< 129 / 162 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop