強引男子にご用心!
忘却
「華子。葛西さんに何かした?」
それはお昼休み。
もはや日常的に水瀬にお弁当と言う賄賂を渡し、当然のようにランチタイムを始めていた時に言われた。
日本語として、有り得ないことにお気づきだろうか?
「何で華子が葛西に何か出来るんだ? 近づいてもいねぇし、近寄らせもしてねえよ」
「磯村さん割り込まないで。だいたい、どうしてここにいるのよ! 医務室は憩いの場じゃないわよ!」
……うん。
水瀬と磯村さんはきっと犬猿の仲だよね。
鬼畜と女王様で気が合うとは、私でも確かに思えないけれど。
昼休みに医務室に入り浸っていたのがバレて、磯村さんも医務室に来るようになった。
そして、人のお弁当から卵焼きを盗んでいくようになった。
「つーか、葛西に何かあったか? 俺は別に締めてねぇぞ?」
「どうして磯村さんが葛西さんを締めるのよ。友達なんでしょう?」
「締める理由はあるんだが、止められてる」
そう言って、二人の視線が私に向いた。
「華子。誰かが会話している時に、ただ話の流れを眺めているのは悪い癖だと思うのよ?」
「ああ、それ癖なのか」
……それは知らなかったわ。
と、言うか、葛西さん。
「何かあったの?」
「何もないけれど。ちょっと様子がおかしいの。だから、思いあたる人に聞いてみただけ。直近で何かあったのは華子だったし。ああ、磯村さんもお疲れ様でした」
「…………」
磯村さんと視線を合わせて、お互いになんと言えばいいか解らないと言うか。
「それだけベタベタしてるって事は落ち着いたんでしょう? 落ち着いてなければ、華子はもっとぎこちないはずだし」
「女医さん……侮れねぇ」
磯村さんが呟いて、私の座るベッドの隣に座る。
「今、メンタルケアは勉強中よ。華子は付き合いが長いから解るだけ」
「あー……なるほど。なら、俺と葛西も付き合い長いぜ? あんたら程じゃねえけど。具体的に、どう様子がおかしいんだ?」
「顧問の定期検診の時に葛西さんはいつもついて来るんだけど、この間はイキナリ真っ赤な薔薇の花束を持ってきたわ」
「ん? ああ……」
「それから、オーケストラのチケットと、遊園地の一日券と、美術館の当日券を……しかも、どれも平日の昼間のチケットを持ってきたわ」
「おー……」
「次には、ピンクの聴診器と、白衣と、ナースシューズをプレゼントされたわ」
「……へえ」
「顧問はギョッとしていたし、平日の昼間は仕事してるって解りきっている事だし、プレゼントにしては奇妙なものだらけだし。どうしたのかと思って」
「いや。それは葛西の普通だ。それで実は普通なんだよ」
真剣な顔をしようとして、口許が努力を裏切っている磯村さんを眺め、水瀬が溜め息をついた。
「まともに見えるのは表面上だけなのね?」
「ある意味ではまともだろ? 葛西はあんたにちょっかいだしてんだから」
「ちょっかいとは、いい表現だわね。確かにちょっかいよね」
お茶を飲みながら、私と、それから磯村さんを見る。
「どうにかならないの?」
「なんで俺が他人の色事に首つっこまなきゃならねえんだよ。面倒なの目に見えてるだろうが」
「そうねぇ。まぁ、そうなるわよね。磯村さんてハッキリしてるわよね」
「何がだよ」
「相手が華子なら放っておかないくせに」
「こいつ放っておいたら、一人で勝手に考えて、一人で勝手に納得して、一人で勝手に悩むだろうが」
「ひどい……」
「ひどいのはどっちだ、ばぁか」
頬をつままれて睨みあった。