強引男子にご用心!
「し……」
「仕事しまーす」
千里さんに先に言われて、口を尖らせる。
……人のお株をとらないで欲しい。
ブツブツ思っていたら、総務部のドアが開いて、
「すみません。こちらは、人事部……でしょうか?」
なす紺色のスーツを着た男の人が立っていて、困惑した顔でフロアを見回していた。
「……人事部ですか?」
「あ、はい。受付の人に聞いたのですが……」
違う場所を教えられちゃったのね。
案内が付かないって事は、お客さま……ではなくて、お客さんてことかな?
「あ、先輩。私がご案内します~」
千里さんがニコニコとカウンターを出ていくのを見て、小首を傾げる。
随分と身軽に……
まぁ、助かるけれど。
知らない人は苦手だから。
スーツ君を連れ出しニコニコ出ていく千里さんを見送り、牧くんが溜め息をついた。
「女子はイケメン好きですよね~」
「え? 今の人?」
イケメン……だったかな。
困った顔してるな、くらいしか見てなかった。
「今の時期に人事に用事って事は、中途採用の面談か何かですかね?」
「そんな話は……確か来てなかったけれど、それならそれで、後で人事部から話は来るでしょう」
「伊原さんて、仕事以外の事に、結構無頓着ですよね……」
そりゃそうよ。
「仕事しにきてますからね」
キリッとして言ったら笑われた。
「僕、急に伊原さんに興味が出てきました。今度飲みに行きませんか」
え。嫌です。
「……お断りいたします」
「ですよね。しかも、磯村さんに怒られそうだ」
小さく苦笑して席に戻っていく牧くんを眺め、それから眉をしかめる。
「どうして牧くんが磯村さんに怒られるの」
「うーん。なんと無く、男のカンですかね」
「男のカン……」
「磯村さん、あれだけ伊原さんにアピールしまくって、やっと落ち着くところに落ち着いたみたいですし。波乱万丈は望んでいないでしょうし」
そりゃそうよ。
誰だって波乱万丈なんて望まないでしょうよ。
刺激がないなんて言う人もいるけれど、刺激的な人生なんて嫌だわ。
普通に生活できて、普通に生きていければ、それに越したことはないのよ。
普通に生きているつもりでも、山あり谷あり浮き沈みするものなんだし、平和が一番だと思うわ。
それに……
「磯村さん、そんなに気にするひとじゃないと思うのだけど」
「や~。気にする方だと思いますよ。僕は」
「そう?」
「はい。あっさりした人なら、脈無さそうな伊原さんにあれだけしつこく食い下がりませんよ」
「はい?」
「伊原さん、一刀両断でしたから。根気と根性ないと……」
「……それはどういう意味よ」
「伊原さん。たまに怖いし」
それは否定しないわ。
だってお局様だもの。
お局様は冷静沈着、テキパキお仕事して、人付き合いもそこそこで……
まさに経理のお局様が理想だったんだけれど。
……さすがに、あの人ほどキッチリとは出来ていないのは残念と言うか。
「ただいま戻りました~」
千里さんがニコニコ戻ってきて、席についた。