強引男子にご用心!

「さっきのあの人、中途採用の方だそうです~」

「へぇ?」

「明後日から企画部ですって。前職はフィールドネットワーク社の企画にいたそうで」

フィールドネットワークか。
元取引先のひとつね。

誰かが引き抜いたのかな。

「書類揃えておいた方がいいかしら」

「あ。了解しました。用意しておきます~」

パタパタし始めた千里さんを眺め、牧くんと視線があった。

「…………」

「…………」

さては、千里さん。
あの人の情報収集しに、案内人を買って出たのかしら?

その疑問を、牧くんが肯定していた。

「年齢は29歳で独身だそうです。綾瀬さんとおっしゃるんですってぇ」

間違いなく、情報収集だわね。

「千里さん。真面目に仕事をしてちょうだいね?」

「やだぁ! 先輩、私は真面目に仕事してますよぉ! その中で、どれだけいい男を捕まえるか、それも真面目に考えてますぅ」

最近の若者は雄々しいわ。

視界の片隅で牧くんが肩を落としているのが見えたけれど、それ以上の関わりはキャパオーバーしそうだからやめておこう。

そもそも、人と関わり始めたばかりだし……
と言うか、気がつけば関わり始めていたと言うか。
関わりたくはなくても、関わらないといけないのが社会人て言うか。


……今日の晩御飯はどうしようかな。

磯村さんは定時上がりかしら。

外回りから直帰なら、早い時もあるんだけれど。

メールのチェックをしながら、ぼんやりそんな事を考えている自分に気がついて苦笑した。

仕事中を注意できないわね。

真面目に仕事をするのが“伊原さん”なのに。

それにしても、今の時期に中途採用は珍しい。
そろそろ控除時期なのに、早々と証明書を持ってくる人も増えているし……

企画部なら、名刺の手配もしないといけない。

人事部から連絡が来ないと、正式採用かは解らないけれど。

綾瀬さん……ね。

何だか懐かしい名前だわ。

懐かしくて、いい思い出も、悪い思い出もある名前。

その名前は、少しだけ不安。

いや、顔はあんまり覚えていないけれど。

まさかね?


「…………」


でも、なんとなく今日は、磯村さんと一緒にいたいな。

いたい場合は……どうしよう。

誘えばいいのかしら。
誘ったことなんてないし、どうしようか。

「先輩? とても怖い顔になってますけどぉ」

「少し席を外すわね」

言うなり、総務部を出てロッカーに向かう。

こういう時はスマホは便利。

今から直接、営業部に行って予定を聞く訳にもいかないし、外回りだとしても文字は確認できるだろう。

ラインで『今日は外回り直帰?』と打ち込んで送信すると、すぐ既読になった。

『どうした?』と、来たから、なんて打つか考えて『デートしましょう』と、打つ。

数秒して『定時であがる、社員入口』その文字にほっとして、スマホをロッカーにしまうと総務部に戻った。

さて、デートだ。

今日は普通の格好だけれど大丈夫だよね。

どこかソワソワしながら仕事をこなして、いつもより少しだけ早めにロッカーに向かい、いつもより早めに着替えて社員入口に立っていた。
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