強引男子にご用心!
ふくしゅうの意味合い
好きだった人と言うものは、忘れたくても忘れられない思い出なんだと思う。
人事から回ってきた履歴書を見ながら、溜め息をついた。
間違いない。
あの頃よりも大人になって、あの頃よりも男らしくなった。
綾瀬晃司さんの証明写真を見ながら眉をしかめる。
昨日は磯村さんに、高校の時に付き合っていた人だと思う。
そう言ったら、
「昔のことだろう。気にすんな」
なんて言われたけれど、気持ちの中では少しだけ複雑だ。
優しくて、理解があって、好きになって……
告白して、付き合うようになって、手を繋げるようになって。
そこから先は、どうしても越えられなかった。
解っている。
これはきっと“後悔”と言うやつよね。
いい思い出も多いけれど、最後の嫌な思い出ばかりが頭をよぎる。
どうしても身体が拒否してしまって、逃げたした。
逃げたして、近づけなくて、最後には私が拒否された。
「先輩ぃ? 他の男性の履歴書見ながら物憂げに溜め息なんてぇ。磯村さんに言いつけますよぅ」
「千里さんは今までも言いつけてきたでしょうが」
履歴書をピラピラ指先で持つと、それを千里さんが捕まえた。
「ダメですよぉ。ちゃんと保管しないと」
「後はお願いしてもいいかしら」
「え。私が色々と手配してもいいんですか~?」
私はしたくないし。
仕事に個人的な感情を持ち込むなんて言語道断だけれど、なるべくならば関わり合いたくない。
必要最低限。
これがモットーよ。
「今できるのは名刺の手配と、ネームプレートの発注ね。牧くんがデスク回り主任に頼まれていたから、あとは勤怠カードとロッカーの支給。ああ、それと社章も忘れずに」
「中途採用って、ある意味大変ですよね」
まぁ、一から出直しって事だものね。
大変だと思うけれど、それは彼が決めた事だもの。
「昨日、山本さんが社内を連れ回しているのを見ましたけれど、正式採用されてからでもいいでしょうにねぇ」
いや、それは知らないけれど。
それは大切なことなんじゃないかしらね?
企画部は色々と他部署と連携している部署だし、始まってからご挨拶よりは、前もっての方が動きやすいと思うのね?
「千里さん。総務部は全体を見て仕事しないといけないわよ?」
「え。あ、はい。私、おかしな事を言いましたかぁ?」
「企画部は他部署と同時進行多いから。いきなり見知らぬ人が来たら“あんた誰”状態でしょう?」
「……まあ」
言われている事に納得したような、していない様な千里さんに、軽く指を振る。
「昨日の綾瀬さんの状態がまさにそれよね」
「昨日の?」
「いきなり見知らぬ人が人事どこですか?って聞いてきたら、何の用か聞くけれど」
「え。でも先輩聞いてませんでしたよね?」
「すぐに受付で聞いたって言っていたでしょう? 私たちが知らなくても、受付で人事に向かう事情を話しているとは判断つくし」
まぁ、受付で人事部の場所を聞いているのに、案内役をつけるように、総務部に連絡が無かったのは配慮がたりないけれど。
「言われなかったら、受付か人事に確認の連絡か、もしくは警備室に連絡してたわよ」
「めちゃくちゃ不審人物扱いじゃないですか」
「れっきとした不審人物でしょう? 貴女がちゃんと人事に彼を案内して、人事に話が通ってなかったら、明らかに私は警備室に連絡したわ」
「え。でも、私は人事に話が通ってるかどうかも、お話ししてませんが」
「あのね。千里さん」
眉をしかめて腕を組むと、千里さんが少しだけ身構えるのが見えた。
「人事部の人までもキョトンとしているようなお客さんなら、千里さんだってあんなあっけらかんと帰ってこないでしょう。それくらいは私は貴女を知ってます」
「え。はい」
「それに、人事部でも予定外の人を総務の人間が案内してきたなら、あちらから総務部に連絡くらい来ます」
「はあ……」
「それくらい、中途採用なら、挨拶は大事でしょう」
「ああ、そうかぁ。すぐに実戦に入るには大切な事ですねぇ」
やっと理解した表情をされて、肩を落とした。
そういえば、千里さんは素直だけれど無頓着さんだったわよね。
忘れていたわ。