強引男子にご用心!

「でも嬉しいです~先輩ぃ!」

「ひぁ……っ!」

手を握られそうになって、椅子ごと避けた。

びっくりした千里さんと、青くなってひきつっているであろう私。

「……ごめん。私、いきなり触られるの苦手なの」

「あ、はい。逆にすみません~」

「それで、何、突然」

「いえ。先輩に少しは信頼されているんだなぁ、なんて……?」

じんわり微笑む千里さん。

素直だなぁ。

「……そうね。信頼より、信用できる人に早くなってもらいたいけれど」

「信用と信頼って、同じじゃないですかぁ?」

「違うわよ」

バクバクしていた心臓も治まってきて、座り直しながら眼鏡を上げる。

「信頼は頼りになると信じて任せる事だし、信用は疑うことなく信じて任せるって事だもの」

「よく……解りませんけどぉ」

「とにかく、仕事に戻りましょう。千里さんの受け持ちは出張申請書だけだったかしら?」

「いえ。他にも経理への報告書と、保険関係と……あの、手伝って下さるんですか?」

「ううん。全て渡して、中途採用の申請は大変だから」

千里さんが手に持った履歴書を見て、
それから困ったように、数冊のファイルとクリアファイルを差し出してきた。

「解らなくなったら聞いていいですかぁ?」

「何を珍しく聞いているの。いつも遠慮なく聞いてくるのに」

「よく解らないですけれど、信用できる人になりたいですから」

「それにはまず覚える事ね。中途採用申請は初めてでしょう」

「よくご存じですね」

「このご時世で中途採用は久しぶりですからね。解っている人の方が少ないくらいよ」

「頑張ります~」

「語尾は伸ばさない!」

「はい!」

ああ。この素直さが羨ましいな。

そんなことを思いながら、午前中は仕事をこなし、いつも通りお弁当を持って医務室に向かった。

「あ。今日は葛西さんもいたんですね」

すでに葛西さんが水瀬の隣に陣取り、磯村さんがベットに座って……お腹抱えて笑って……る?

「何かあったの?」

「いや。こいつらの会話聞いてたら、噛み合ってなさ過ぎて、泣けてきた」

磯村さん、思いっきり笑ってるけど。

「どうしたの?」

水瀬にお弁当を渡しながら、首を傾げると、眉をしかめられた。

「昨日は、公衆の面前で告白されたの」

昨日、昨日は……葛西さんは社員入口で待ち伏せしてたよね。

「誰かこの人に一般的な常識を教えてあげるべきだと思うわ」

「仕事中はテキパキしているわ。常識を逸脱しているようには見えないけれど」

「社員入口で、いきなり人の顔を見るなり両手つかんで“好きです”って言う人が常識人なわけ?」

……スーパーでご飯食べるか、私をたべるか、聞いてくる人よりは常識をもっていると思うわ。

そう思いながらも、磯村さんの隣に座ってお弁当を手渡した。
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