強引男子にご用心!

エレベーターから降りて、営業部のドアを開け、気がついた人たちの視線を浴びながら、磯村さんの姿を探す。

窓際、コピー機や複合機の置かれた場所に、片手を上げて待っていてくれたらしい磯村さん。

そうね。
貴方は待っていてくれる。

たまには無茶で強引だけれど、基本的には待っていてくれている。

鬼畜で、エロくて、実は優しい磯村さん。

「伊原さん、こっち」

「これですか?」

「うん。何を押しても動かないから、一回ためしにコンセントも抜いてみたんだけど」

裏表はあるし、だけど、恐らく素を見せてくれている磯村さん。

「今、挿し直して、電源入れても駄目な感じですね」

電源ランプの付かない複合機と、取説を見比べ、肩を竦める。

「業者呼ぶしかないみたいですね」

「まぁ、まだ一台は稼働しているから、どうにかなるって言えばなるけれど……」

「早急に対応しますね」

パタンと取説を閉じて、磯村さんを見上げると、訝しげな視線で見下ろされた。

「ところで、磯村さん」

「はい?」

「昨日のお話の返事ですが」

「昨日の話の……? え。おい。ちょいまち、華……」

「お受けします」


にっこり微笑むと、瞬間に片手で顔を押さえ、脱力する磯村さん。


「こんなとこで返事する?」

「思ったら言いたくなるんです」

「あー……そうみたいだな。お前はたまにそういう奴だよ」

舌打ちされて、いきなり左手を持たれると、ジャケットをゴソゴソし始めるから首を傾げる。

「お前ね。サプライズにも程があるだろうが」

「いつもの磯村さん程じゃありませんから」

クスクス回りから忍び笑いが聞こえてきて、さすがに恥ずかしくなってくる。

いつも思うけど、営業部って、若干慣れなれしい雰囲気と言うか、アットホームと言うか……

指先から冷たい感触がするっと通されて、驚いて左手を見た。


キラキラしている透明な石が、左手の薬指に光っている。


それを眺め、それから磯村さんの忌々しいとでも言うような顔を交互に見上げた。


「ったく、俺はこれから外回りだよ。いい加減にしろよな、お前」

え。いや、これはこれで後でも十分間に合ったんじゃないの?

「いいか。前にやったリングみたいにしまいこむなよ? 絶対に外すんじゃねえ」

「は、はい」

「じゃ、俺はそろそろ出るから、複合機の件はよろしく」

「はい」

コートと鞄を手に取り、慌ただしく出ていく磯村さんと、営業部に取り残された私。

左手にはキラキラプラチナリング。


「おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

次々にお祝いを言われながら、こそこそどドアを目指す。

「あー。おめでとう。次からはせめて業後に返事をするように」

部長席から声がかかって、頭を下げた。

「すみませんでしたぁ!」

言うなり脱兎の如く営業部を飛び出すと、ドアの横に背中を持たれかけていた磯村さんと目があった。


「い、いたの」

「まぁ、約束の時間まで40分て所だ」

「ど、どうするのこれ……」

閉じられた営業部の中は、笑い声とからかいと、冷たい視線とで渦巻いていたけれど。

「帰ったら、俺はからかわれるだろうな。それは覚悟の上だし」

「じゃなくて、えーと……」

「まぁ、慣れろ。そのうち落ち着く」

「慣れませんから!」

「おー……真っ赤だな? 怒った時の華子もなかなかいいって知ってるか?」

「知るわけがないでしょう! なんなの貴方は!」

叫ぶと、ニヤリと邪悪に微笑む磯村さん。


あ。えっと、よし。


「いってらっしゃい! お仕事頑張って来て下さい」

「それは、どうせなら玄関で言えよ」

小さく苦笑されて、

「本当、素直な時のお前は取り扱い注意する」

苦笑を返す。

「どうも?」

「褒めてねぇ」

そうですね。

そんな事をやり取りしながら、エレベーターホールに向かい、停まっていたエレベーターに乗り込む。


……まぁ、サプライズしかけたのは、私だし。

サプライズを仕返しされたと言えば、磯村さんらしいと言うか。

ニッコリ微笑むと、いきなり眼鏡を外されキスされた。


「こ、ここは会社!」

「知らねえよ。お前の返事でふっとんだわ、ばぁーか」

……色々と、気を付けよう。

これからは、並んで歩けるように。

これからも、並んで行けるように。

色んな事があるだろうけれど、それは当たり前にあることで。

それを乗り越えられたら、色んな道が拓けると思う。

逃げないで、引かないで……

たまには、突き飛ばすかも、知れないけどね?




















fin.
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