強引男子にご用心!

「あ。磯村さん。ここです」

声をかけると、磯村さんは驚いたように立ち止まり、マンションを見上げた。

「……ここ?」

「はい。あのぅ……着替えるなら、シャワーも浴びていいですか?」

無表情で見下ろされて、一歩下がる。

「どれくらいかかる」

「30分……くらい?」

「OK。何号室?」

「405ですけど……」

「あんた素直だな。答えるか普通」

「……このまま帰っていいですか」

「いいぜ? 押し掛けてもいいなら」

「ここでお待ちください」

バタバタと自転車置き場に自転車を置き、エレベーターに乗り込むと、走って部屋までたどり着く。

きっかり30分で支度を終わらせて降りていくと、何か書類を眺めていたらしい磯村さんが顔を上げた。

「遅い」

「きっかり30分ですよ。待つのが嫌なら帰ればいいじゃないですか」

「それじゃ礼になんねぇだろうが」


……礼に?


礼って、なんの礼?


「こないだ無理言って会議室開けてもらっただろうが。あんたには別で礼するって言った」

「…………」


そりゃ、言ったかもしれないけれど。

単に飲み会をするための口実なんだと思っていたから……


「案外、律儀なんですね」

「会社なんて一人で仕事してる訳じゃねぇんだから、たまには感謝も必要だろうが」

「…………」

「それに、律儀って言ったら、あんたも相当律儀だと思うぞ? 待ち合わせに律儀に来たし、着替えろって言ったら着替えて降りてきたし」

「や、約束は約束だし」

< 22 / 162 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop