素顔のマリィ
裕輔とは、はっきりと別れたわけではなかった。
ただ、雄介の渡英によって、二人の親密な関係が寸断されたというだけだ。
必要があれば連絡は取れるし、会うことだって可能なのだ。
けれど、わたしは確信していた。
きっと裕輔からは連絡が来ないことを。
寂しくない、と言ったら嘘になる。
「山地くん、どうしてるかね。
ワシが駐在の頃住んでた単身用アパートは、当時と変わらず今もあると聞いとるが」
「えっ?山下さんて、イギリス駐在だったんですか?」
いやいや、疑うわけではないのだけれど、あまりに偶然過ぎで笑えなかった。
「五年程、別部署にいたと言ったことがあるじゃろ。
その間、英国支社の情報室にいたんじゃ」
「まさに山地と同じ部署ですね」
「若い時の海外経験は宝物じゃ。
人脈も広がるし、何より偏見がない。
彼は優秀な人材だから、西園寺くんも特別配慮しとると思うよ」
「西園寺さんが?」
常務が個人的に山地に目をかけていたなんて始めて知った。
「年明け直ぐだったかな、ワシのところに訪ねてきて、山地くんを英国支社に行かせようと思うと相談されてね」
「常務が山下さんに?」
「彼はゆくゆく、『美術手帳』を彼に任せようと思っとるんじゃないかな」
なんだか、ちょっと悔しかった。