素顔のマリィ
割り切ったら、吹っ切れた。
そもそも、わたしが山地に恋愛感情を抱いていたかどうかも怪しい。
流加と別れて以来、わたしにはそういう感情が抜け落ちてしまっているのだ。
嫌いじゃないは好き、の延長で付き合って、肌を重ねて。
その温もりを愛だと言われれば頷くしか他方法が見つからない。
でも、多分それは愛とは違う何かだ。
愛着とか執着とか。
相手を自分の物にしたいと思う特別な感情。
だから多分、わたしを自分の物にできないとわかった途端、その感情は冷めるのだ。
山地だってきっとそう。
わたしは確信に近くそう思った。
「失礼、山下さんは外出かな?」
パソコンに集中していたわたしは、机の直ぐ横から聞こえた声に驚いて顔を上げた。
めったに来訪者が来ることなどないので、油断していたとも言える。
でも、そこに立つ姿を見て、わたしは更に驚いた。
「じ、常務! すいません、気付きませんで!」
ガタンと音を鳴らして椅子から立ち上がった。
「いやいや、こちらこそ、仕事中すまないね」
「本日は皆さん『美術手帳』の発売日なので店頭チェックに出らています。
わたしは一人留守番で。
もうそろそろ戻られる頃だとは思うのですが……」
「そうだった。失念していたな。悪い日に来てしまった」
「いえ、そんなこと。
あの、何かお伝えすることがあれば、わたしが承ります」
「そうだな、じゃぁ頼まれてくれるかな」
「はい」
「今日の夜、山下さんと食事をする約束なのだが、時間を30分ほどずらして欲しいと伝えてもらえるかな」
「はい」
「で、折角だ、君も一緒にどうかな?」
「は、い?」
笑いを堪えるように、口に手を当てた常務がわたしを見つめてそう言った。