素顔のマリィ
「よくわかったね」
マグカップを受け取りながら、常務がわたしを見上げて微笑んだ。
初めは慣れずにドキドキして、緊張して思わずカップを落としそうになったりもした。
若いとはいえ、常務だし。
先日のお泊り事件以来の気まずさは、早々なくなるものじゃない。
故意にではないとしても、寝顔も見られたし、身体にも触られたわけで。
女の子としてはやっぱり気まずいでしょ。
なにより彼は見た目も中身も特上の若い男性だ。
まぁ、八つも年上だとなかなか恋愛対象に見るのは難しいけど、それでも視線が合えば少しはドキッとしてしまう。
実際この芸術出版の本社ビルではあらぬ噂も立ち始めていた。
最近常務の様子がおかしい、と。
地下の販促課に暇さえあれば入り浸っている。
どうやらそこに意中の女性がいるらしい、と。
でも、ここにいる女性は中澤さんとわたしだけ。
中澤さんは五十過ぎの嘱託さんで既婚者、もう大学生の息子さんがいらっしゃる。
わたしは、入社二年目の新人で、何処といって取り柄もない、極普通の女子だ。
母子家庭に育った質実剛健なわたしと、あのマンションからしてエグゼクティブな常務。
客観的にみて、釣り合うとは思えない。