素顔のマリィ
もう流加への想いは薄れていたと思っていた。
何人もの男が、わたしの上を通り過ぎていった。
わたしも歳を重ね大人になった。
社会に出て仕事という責任も背負った。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと言える、自分に自信もついてきた。
なにより、もう6年の月日が経ったのだ。
穏やかな気持ちで、流加の絵を見ることができたら、わたしも次の一歩を踏み出せそうな気がしたのだ。
『マリィとみたそら』
その絵の前に立ったとたん、わたしの心は6年前に引き戻された。
川べりに流加と並んで見た夕焼け空。
青い空を赤がどんどん追いかけ消して、光輝く夕日の後に、吸い込まれそうな濃紺の闇が迫ってくる。
『きれだね』
そう言葉にするだけで精一杯だった。
その景色を流加は見事にキャンバスの上に再現して見せたのだ。
蘇る隣に座った流加の温もりと、『マリィ』と優しく響く声。
その声さえ蘇ってくるようだ。
わたしは一人、言葉を失ったまま、その絵の前に立ち尽くしていた。