素顔のマリィ
はっきり言って、写真集のサイン会なんて来るお客さんもまばらだ。
一冊が数千円する高価な本が早々売れる筈もない。
ただ、熱烈なファンがいるのも確かなことで、サイン会を目当てにわざわざ遠方から足を運んでくださるお客様が必ずいる。
井口さんも、そういったことは重々承知の上で、一日を割いて協力してくださるのだ。
おっと、そろそろ先生が到着される時間だ。
携帯のアラームを切ると、わたしはもう一度会場のチェックを始めた。
「井口先生、ご無沙汰しております。
この度は、三作目のアマゾン写真集出版おめでとうございます。
いつもながら素晴らしい写真ばかりだ。
我が社の格も上がるというものです、ありがとうございます」
「いやぁ、西園寺さん、こちらこそご無沙汰しております。
お礼を言うのはこちらの方ですよ。
名も無い写真家だった僕の写真集を最初に出版してくださったのは、他でもない貴方じゃありませんか!」
えっ、そうなんだ……
「井口先生はあの後、ナショナルジオグラフィックの優秀賞を取られたでしょ。
僕が目をつけなくても、追い追い世に出られる運命だったんですよ。
先を越せて、むしろ我が社はラッキーだった」
確かに、井口先生の写真集は日本のみならず、世界中から評価が高い。
図書館や学校、公共施設への納入がほぼ決まっているので、一般販売部数が伸びなくても支障がないくらいなのだ。