素顔のマリィ
「お酒のおかわりはいかがいたしましょう?」
入室から小一時間ほど経ったころ、女将がやってきた。
「あぁ、ありがとう。
今日はもうこのへんで結構だ」
「あら、あんまりお箸が進んでらっしゃいませんね」
「すまない、疲れて食欲がないらしい」
「そりゃいけませんね。食べ易い雑炊でもお持ちしましょうか?」
「あぁ、じゃ最後、それをお願いしようか」
「すぐ仕度させますんで、お待ちください」
わたし達のテーブルには、運ばれた料理が殆ど手付かずで残っていた。
「な、なんで……」
「先日の健康診断でわかったらしい。
胆嚢癌はほとんど自覚症状がないらしいんだ。
彼は一人で身内も居ない。
だから僕が身元引き受け人になろうと思っている」
「まだ……、山下さんに教えて貰いたいこと沢山あります」
「僕もだよ」
「もっと長生き、して欲しいです」
「僕もだ」
彼は僕のことを理解してくれる、唯一無二の存在だからね、と常務は静かに杯を飲み干した。