素顔のマリィ
山下さんからの引継ぎ先ではなかったけれど、わたしは時折みちゆき書房の画廊を訪れていた。
勿論、流加のあの絵を観るためだ。
外回りに出て時間に余裕が取れた時、ふらっと気ままに立ち寄るのが常だった。
当然、安西さんに出くわすこともなかったのだが。
「あら? もしかして坂井さん?」
ある時、後ろから突然声をかけられた。
振り返ると、淡い色のスーツを纏った安西さんが立っていた。
「もしかして、良く来るの?」
「ええ、時間がある時たまに」
「そう」
わたしを見る目は、何か言いたそうで、わたしとしても聞かずにはいられなかった。
「あの……、以前に美術館でお会いした時……」
「あぁ、あの時ね。御免なさい。ホント失礼だったわ、わたし。
西園寺くんにも怒られちゃった。
忘れて、ホント」
「でも、安西さんは何かご存知なんじゃないですか?
例えば、わたしと柳流加のこととか、西園寺さんと流加のこととか」
「それ、女の勘?」
「えぇ、まぁ」
「仕方ないわね、西園寺くんには口止めされたけど、貴方がそう思ってるのなら話してあげてもいい。
でも……」
「でも?」
「知ったからって、現実が変わる訳じゃないのよ」