素顔のマリィ

夏が過ぎ、秋が訪れ、冬が来た。

相変わらずの二人の関係に、業を煮やしたのは要の方だった。

「坂井くん」

編集部の西園寺部長に呼ばれて驚いた。

わたしは一課所属だから、部長直々に呼ばれることなど配属の時の紹介依頼だ。

西園寺部長は、要の叔父に当たると聞いている。

歳は四十前後、要よりはかなり年配だ。

「この書類を常務のところへ持っていって貰えるかな」

「あの、わたしがですか?」

「あぁ、直々のご指名なんだ」

「はい」

職権乱用だ、と思ったがそれも自業自得の成せる結果だ。

要にこんな行動を取らせてしまったことを、恥ずべきはわたしの方だろう。

渡された書類は、美術手帳の月間売上げ報告書。

特に緊急に持ち回らなければならない書類とは思えなかった。

重い足取りで役員エリアのある最上階を目指して部屋を出た。

ここは会社だ、早々困った状況にはならないだろう。

人目もある。

常務としての面目もある。

わたしは彼の本気を甘く見積もっていた。
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