素顔のマリィ

常務室は最上階の役員フロア、一番奥の外れにあった。

わたしは始めて訪れる緊張で、足音が震えたのを覚えている。

<<コンコン>>

部屋をノックすると中から女性の声がした。

「常務がお待ちかねです、坂井真理さん」

年配の落ち着いた女性秘書が扉を開けた。

「こちらです」

通された部屋の更に奥に、要の執務室はあった。

「忙しいところ呼び出してすまないね」

そう言った要の様子は何処か鬼気迫るものがあった。

頬はこけ、眼球は落ち込み、肌の艶が失われていた。

「あの……、この書類をお持ちしました」

「ここへ置いてもらえるかな」

丁寧な口調で示されたのは、要の執務机の上。

「奥村くん、極秘の案件だ、人払いを頼む」

「畏まりました」

<<バタン>>

と閉められた重い扉の向こうで、微かにカチャリと鍵のかかる音がした。

「常務?」

わたしの声は震えていた。
< 164 / 187 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop