素顔のマリィ
常務室は最上階の役員フロア、一番奥の外れにあった。
わたしは始めて訪れる緊張で、足音が震えたのを覚えている。
<<コンコン>>
部屋をノックすると中から女性の声がした。
「常務がお待ちかねです、坂井真理さん」
年配の落ち着いた女性秘書が扉を開けた。
「こちらです」
通された部屋の更に奥に、要の執務室はあった。
「忙しいところ呼び出してすまないね」
そう言った要の様子は何処か鬼気迫るものがあった。
頬はこけ、眼球は落ち込み、肌の艶が失われていた。
「あの……、この書類をお持ちしました」
「ここへ置いてもらえるかな」
丁寧な口調で示されたのは、要の執務机の上。
「奥村くん、極秘の案件だ、人払いを頼む」
「畏まりました」
<<バタン>>
と閉められた重い扉の向こうで、微かにカチャリと鍵のかかる音がした。
「常務?」
わたしの声は震えていた。