素顔のマリィ
「坂井さん、イギリスアカデミーから電話です」
あれから二年、わたしもすっかりベテランの編集者だ。
山下さんとの約束を果たすべく、『美術手帳』の存続をかけての取り組みが続いていた。
紙面を一新した『美術手帳』には賛否両論勿論あったが、販売部数は確実に増えていた。
アニメ・コミックの作家との交流も深まった。
漫画など全く読まなかったわたしの机にも、人気コミックの最新刊が乗っている。
山地曰く、『娯楽の延長線上にある芸術』
確かに、今のわたしは素直に彼の言葉に頷ける。
人の感情を揺さぶるダイナミズムも併せもつ、アニメ・コミックの魅力を存分に世に伝えていきたい。
「はい、坂井です」
「あ、俺」
電話の主はイギリスにいる山地だった。
「なんなの?」
「なんなの、はないだろ。
せっかく次号の特集ネタになりそうな逸材を発掘したっていうのによ」
「えっ、ほんと?」
「昨日、イギリス美術連盟主催の絵画コンクールの発表があってな、そこで特別賞を取ったのが日本人なんだ」
「……、って誰?」
「無名の新人だよ。名前はルカ・ヤナギ。28歳。なかなかのイケメンだぞ」
その時のわたしの驚きは尋常じゃぁなかった。
わたしはそのまま受話器を落とし、立ち上がろうとして椅子の足に蹴躓き、あわや骨折するほど大袈裟に転んだのだ。