素顔のマリィ
高校に進学し、わたしは陸上部に入った。
大迫先生のことを思い出したくなくて、美術室には足が向かなかったのだ。
それに、何ヶ月か集中して勉強したので身体も鈍っていたし。
走るのは気持ちよかった。
なにより無心になれる。
元々群れるのが嫌いなわたしは、陸上部でも浮いた存在だったとは思う。
朝、ひとり黙々と走ってることが多かったし、放課後部活はサボリ気味だった。
わたしは自称、陸上部員で、他の部員との交流は全くと言って良いほどなかったし。
だから、あの朝の自主連の時の出来事は、ちょっとした衝撃だった。
「お前、坂井真理?」
突然声をかけられて面食らった。気が付くと、いつの間にか隣りを男子が走っていた。
「俺、林大地」
そう一言告げると、彼はわたしを軽々と追い抜いて走っていった。
瞬間、何が起こったのかわからなかったわたしは、相当間抜けな顔をしていたと思う。
足を進めるうちに次第に頭が覚醒してきた。
林大地?どこかで聞いた名だった。
そうだっ!
えぇ〜っっ!!!
林大地言えば、去年の都大会3000メートルで高校新記録を出した二年のエースじゃん!
キョロキョロと辺りを見回すと、校庭にはわたし達二人しかもう残って居なかった。
遥か遠くになったその精悍な走る姿に見惚れつつ、そろそろ教室に戻らねばと、校舎に向かうその背中を追った。
何だったんだ、あの指差し確認のような自己紹介は。
わたしは暫くの間、その時のことを思い出してはひとりで笑っていた。