素顔のマリィ
仕込みの仕事は、確かにかおりの言う通り、誰にでもできる簡単なものだったけど。
卵を茹でたり。
プチトマトを洗ってヘタを取って水切りし、タッパーに入れたり。
きゅうりを斜めスライス切りにして、三枚づつをラップを間に挟んで並べてタッパーに入れたり。
ちょっと手の込んだ仕事としては、お通し代わりの簡単揚げ餃子作り。
餃子の皮にスライスチーズとパセリを挟んで、小麦粉を水で溶いたノリで止めていく。
最初はノリをつける加減が分からず、上手く皮がつかなくて苦労した。
わたしは夜のお店に出ることはなかったのだけれど、ラルクの料理を目当てに来るお客さんも多いと聞いていた。
夕食時には猫の手も借りたいほど料理のオーダーが立て込む。
店の回転を良くするためには、その注文をいかに速やかに捌くかが勝負なんだそうで。
その為の下準備。
ニンニクを微塵切りにしてホイップバターに混ぜ、ガーリックバターを作ったり。
ニンニク、セロリ、玉葱を微塵切りにして炒め、ホールトマトと煮詰めてトマトソースを作ったり。
様々な野菜を微塵切りにして和えた自家製ドレッシング作り。
そういう味付けの必要な下ごしらえは大谷さんの担当だ。
その傍らで、わたしはひたすら微塵切りに没頭する。
所謂、バーのサイドオーダーの為に、トマトソースやドレッシングまで自家製なんて、ちょっと拘り過ぎじゃぁないかと思ったけど。
本職がイタリアンのシェフだったという大谷さんに、手を抜ける筈もなく。
まぁ、だからわたしがアルバイトに来てるわけで。
「そういうとこが差別化だ。わかる客にはわかるってもんさ。実際、俺の料理は評判いいんだぜ」
額に汗して嬉しそうに笑う大谷さんは、ちょっと可愛いかった。
週2〜3回、開店までの約2時間、大谷さんとわたしは本気で働いた。
見た目のチャラさに反した真面目な仕事ぶりに、意外性の好きなわたしはいつの間にか彼の仕草を盗み見るようになっていた。