素顔のマリィ

ザラザラとした生ぬるい舌の感触。

彼の唇が触れた指の先、わたしの目の前に彼の顔がある。

「じ、自分で手当てできますっ!」

熱くなっていく身体を悟られまいと、必死に彼から顔を背けようと身を捩った。

だけど、わたしの訴えなどまるで聞く耳もたぬという様子の彼は、わたしの指を咥えたまま微動だにしない。

手を押さえこむように掴まれて、とても逃げられそうになかった。

5分か10分か。どれ位時間が絶っただろうか。

「血……、止まったか……」

わたしの指先が解放されて、彼の唇が言葉を発した。

「水流して、向こうの事務所にキズパッドがあるから貼ってやる」

有無を言わさぬ強引さで手を引かれ、わたしはその日、初めてラルクの事務所に足を踏み入れた。

わたしは着替えなどしないので使ったことはないが、厨房の脇に休憩室兼事務所があるのだ。

狭い室内には、大きなソファと机が無理矢理押し込まれていて。

ソファの後ろに、着替えスペースらしいカーテンで仕切られた空間が見える。

大谷さんは机の引き出しを開け、片手でキズパッドを探し始める。

狭い空間と密着した彼との距離に、わたしの心臓はこれでもかというくらいに早打った。
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