素顔のマリィ
「山下さん、今日は一日、宜しくお願いします!」
次の朝から、わたしの外回り営業が始まった。
「坂井くん、気負わずに。
ほんとのところ森課長の言う通り、うちには販促営業なんて必要ないんだよね。
まぁ、会社のお情けで、ワシらは定年後も再雇用して貰ってるわけなんだ。
芸術出版の酸いも辛いも知り尽くしたワシらにできることと言ったら、今まで培った出版知識を持って自社出版物をフォローすることくらいだからね」
再雇用。
つまり皆さんわたしの想像より更にお歳を召されているということですね。
「失礼ですが、山下さんはおいくつなんですか?」
「ん? ワシは75じゃよ」
ちょっとしたカルチャーショックだった。
現在のわたしは23歳。その差、52歳。まさに半世紀。
わたしの母は早くに両親を亡くしていたし、わたしに父はいなかったし。
祖父母を持ったことがないわたしは、年配者との関わりに慣れていなかった。
「坂井くんは、ワシの孫世代じゃな」
「お孫さん、いらっしゃるんですか?」
「あぁ、確か今年で30になるはずじゃった」