素顔のマリィ
販促課に配属されて半年ほどたったある朝、珍しく社内の人が山下さんを訪ねてきた。
「ご無沙汰しております、山下さん」
山下さんの席に歩み寄り、深々と頭を下げた男性にわたしは見覚えがあった。
「こりゃ、常務、こちらこそご無沙汰しております。
お忙しいのに、こんなとこまでご足労くださらなくても、呼んで頂ければこちらからご挨拶に伺いますよ」
ゆっくりと立ち上がった山下さんが、言葉の丁寧さとは裏腹に少し目を細めて微笑んだ。
そうだ、彼はわたしの入社の時の面接官だ!
そっかぁ〜、常務だったのかぁ〜
って、常務っ!! 会社の重役じゃない!!!
「常務! おはようございます! わたくし本年度入社の坂井真理です」
慌てて立ち上がったので、キャスター付の事務椅子が"キィ…"と間抜けな音を立てた。
なにせ、倉庫のようなこの販促課の事務備品は、それこそ倉庫に仕舞ってあったような古い中古の家具なのだ。
「あぁ、坂井くんね。頑張っているようだね。
山下さんの下に付けるなんて君は幸運だ。
彼の知識の十分の一でも吸収できれば、我が社の即戦力間違いないよ」
キリリと締まった顔を少しだけ緩ませて、常務はわたしに声をかけてくれたんだ。
「ところで山下さん、『美術手帳』の売れ行きは如何でしょう?」
「う〜む、そこそこではあるが芳しくはないな。
やはり存続の為には何か根本的な改革が必要なようじゃ」
「もう少し詳しくお話伺ってよろしいでしょうか?」
「わしは構わんよ。
そうだ、この坂井くんも同席して貰っていいだろうか?
わしとしては若い世代の意見も必要じゃと思うておる」
「わかりました」
それから小一時間ほど、常務と山下さんとわたしは、倉庫脇の会議室と称した小部屋で『美術手帳』に関する緊急販促会議を開いたのだった。