素顔のマリィ
やっと入場を果たしたコミケで、わたしは一日、山地に勧められるままに同人誌を買いまくり、特設ブースを観て回った。
中には全く意味不明で、わたしの趣向と相容れないものもあったけど。
一つ二つは、これは!と思う質の高い作品もあって。
気がつけば、荷物が山のように増えていた。
場内のベンチで休憩をとりながら、わたしは両手に増えた紙袋一杯の戦利品を途方に暮れて眺めていた。
これって、持って帰る?
それとも、コンビニから着払いで会社宛に送ろうか?
確か駅前にファ○マがあった筈だ。
「こうやって、無名の新人の中から、自分だけのお気に入りを発掘する。
それもコミケの醍醐味の一つだよな」
私の心配をよそに、手に取った同人誌のページを捲りながら、山地は真剣な面持ちでそう言った。
「さて、一杯飲んで帰ろうか。
そのあと家で、これ、読みっこしない?」
最近、わたし達二人はこうして一緒にいることが多い。
課は違えども、『美術手帳』再興の使命をかけて、彼とは日々情報交換を重ねる必要がある。
だけど、それはあくまで業務の一環であって、プライベートにまで踏み込んだことはない。
「えっ? 家って?」
「あぁ〜、でも腹減ったな」
「山地の家ってこと?」
「う〜ん、俺、今日は無性にパエリアが食いたい」
「パエリア?」
「え、知らねぇの? スペイン料理の魚介の炊き込みご飯」
「へぇ〜、山地ってもしかして育ちが良い?」
「なんだそれ?」
「だって、居酒屋でも刺身しか食わないし。
お酒も、ビールか日本酒だし。
チューハイ、ハイボールの類は目もくれないじゃない。
スペイン料理、と言ったら、やっぱりワイン?」
「だなぁ〜、俺は酒は料理に合わせる派だからなぁ」
自称アニメオタク、という点を除けは、山地は結構イケル男なのだ。
なんとなくはぐらかされたまま、わたし達は駅へ向かって移動した。